朝5時半に起きると外は雨模様。
ニュースでは大雨洪水警報が出ていると言う。
シャワーを浴びて朝食後、出支度をしていると7時過ぎに突然グラリと来た。
日本の震度で言ったら「4」位だったと思う。
しかし13年間の私のハワイ生活では一番大きな揺れだったので、建物の耐震度が心配だった。
壁際の小物が倒れたり落ちたりしたので、とりあえずドアを開けた。
隣のチャイ君も心配そうに出てきていた。
直後はまだ電気がついていたが、30分ほどで停電した。
今日一緒に仕事をするKENさんから電話。
飛行機の到着時間はほぼ予定通りだが、空港も電気が止まっているので出てくるのには相当時間がかかるだろうと予測。
とりあえず空港に向かう。
日曜ということで道路は空いていたが、全ての信号が止まっていて、しかもポリスもまだ出動していなかったので、フリーウェイ以外はどこものろのろ運転だった。
車でラジオを聴くと、マグニチュード6.6の地震で震源はハワイ島の北西ということだが、ハワイ州ほぼ全ての島で電気が止まっているらしい。
ホノルルエアポートもクローズされているということで、近づいても飛行機の音がせず静か。
クローズされていると言っても、日本から来た飛行機を追い返すわけは無いから、状況を調べる必要がある。
まずは空港のパーキングに入れるかどうかも心配だったが、発券機のところには職員のおばちゃんが立っていて、「今日はマニュアルよ〜」と明るかった。
真っ暗な空港で状況を調べると、管制塔の電源もバックアップのみなので、日本からの便は1便ずつ時間をかけて下ろしていると言う。
米本土からの便は、半分まで来ていないものに関しては引き返させているらしい。
個人出口付近では、ウェディング会社のサッちゃんや「チャートハウス」のTaekoさんなど知り合いに会い、お互いに情報交換。
自動ドアが使えないので、普段は係員専用のドアが開放されて、薄暗いな税関が丸見え。
少しずつ日本からの便の乗客が出てくるのだが、我々の待つ便の撮影スタッフはまだまだ後の感じ。
そこで私は空港を一度出て買い出しに行くことになった。
何しろ停電のままでは食事も確保できるか分からないので、車に積んだアイスチェストに入れる氷と食料を探しに行った。
ラジオでは開いている店の名前を言っているが、どこも行列が出来ているらしい。
とりあえず空港近くのラグーンドライブにあるガスステーションの売店に行くと、やはり人は多かったが最後の氷を3袋ゲットすることが出来た。
ポテトチップやチョコレートバーなども仕入れ、さらに別のデリの店ではサンドイッチを作っていたのでこれも購入。
まあこんな軽食とおやつ程度では焼け石に水になるかもしれないが、何も無いよりはマシである。
8時半に到着予定だった便のスタッフが出てきたのは結局12時半。
3時間も飛行機の中で待たされたのだそうだ。
総勢11名のぐったりしたスタッフだったが、水とスナックで少し復活。
とりあえずホテルへ向かう。
ホテルも当然停電で、人で溢れたロビーも薄暗い。
チェックインは出来ないので、荷物だけ預けて2班に別れ、KENさんはプロデューサー、カメラマンなどとロケハンに、私はバンドメンバーとマネージャーと時間潰し。
と言ってもアラモアナSCもクローズだし、信号が付いていない状態で走り回るのは危険だし、メンバーもお疲れの様子なのでとりあえずマジックアイランドへ行った。
今回一緒に仕事をしたのはビジュアル系男性バンド「アリス九號(alice nine)」と言う。
皆20代の若いバンドだが、さすがビジュアル系、みなイケメン揃い。
正直私は聞いたことが無かったのだが、飛行機の中で一緒になってしまった修学旅行生からは握手を求められたり、ホテルのチェックインの際には外部からの電話を遮断したりと若い人には人気がある様だ。
ブログに名前を載せるのも、帰国後と言うことで了解をもらった。
ちなみにオフィシャルHPは
http://www.pscompany.co.jp/alicenine/マジックアイランドでは散歩などするでもなく、ほとんど車の中で爆睡。
メンバーの何人かとは外でおしゃべりもした。
3時過ぎにホテルに戻っても、チェックインが長かった。
この頃にはもう携帯電話もほとんど繋がらず、KENさんとはトランシーバーでやり取りしたのだが、これがとても役に立った。
ジェネレーターで動いているエレベーターは一台だけで、セキュリティが人数を区切って乗せていたが、ほぼ各駅停車で本当に電車のように時間がかかった。
さて外が暗くなってきても電気は復旧せず、夕食の心配を始めたら、ホテル内の和食レストランが張り紙をして弁当を売り始めた。
ここはガスを使っていると言うので、焼き物に限りトゥーゴーで販売してくれたのだが、弁当が一つ$25・・・。
部屋に入っても結局真っ暗なのでロビーで食べた。
夜中までには復旧すると言う情報を頼りに、この日はこれで解散した。
大きな交差点にはポリスやシェリフが立って交通整理をしていたが、真っ暗な街の中を家に帰った。
9階まで階段を上がり、フラッシュライトの明かりの中で水道をチェックすると、なんとお湯が出た!
水も出ないところがあったと言う話も聞いたので、うちはラッキー。
暖かいシャワーを浴びることが出来た。
9時を過ぎるとワイキキとセントルイスハイツに電機が点いているのが見えた。
徐々に復旧しているようだったが私は暗いまま就寝。
11時頃に突然家中の電気が点いて驚いたが、これで明日からの撮影は安心した。